これまでに使用したCPU
Cyrix
6x86PR166+
96年末に初にめて本格的に自作したとき使ったCPU。
体感速度が速くマルチメディア用途でなければ今でも現役。
YMF724を載せたサウンドカードと組み合わせるとMIDIがならないという不具合があり、
98年秋にこのCPUを使って知り合いのパソコンを組んだときに焦った。
MU300
整数演算は思ったより速くない、
体感速度は6x86PR166+とあまり変わらない。
98年夏に知り合いのパソコンを組むときに使用。
また、友人えのやんの99年4月現在のメインCPUでもある。
定格は66*3.5だがXA100PLUSで100*2.5で常用している。
6x86と異なりYMF724との相性問題はないようだ。
Intel
486DX4 100MHz
95年に買ったFMVのCPU
メモリを48MBにすればWIN95も十分動いた。
6x86PR166+を使って知り合いのパソコンを組んだときに、
その人が所有していた486DX4マシンを解体して部品に使って
余った486DX4をもらった。
Pentium166
96年夏は6x86PR200+が登場しCyrixにx86系CPU最速の座を奪われた上に
Pentium200の歩留まりが悪く、Pentium166でこれに対抗せざるを得なかった。
当時買ったEPSONのパソコンに搭載されており、
当時最新マザーだったASUS XP55T2P4で200MHzにオーバークロックしようとしたが
動作が安定せず、果たせなかった。
当時は知識も無く、今のようにオーバークロックが一般化していなかったこともあり、
CPUの供給電圧アップや冷却の強化など考えも付かなかったのだ。
上記のPentium200の不足のため、PentiumPRO200との価格の逆転現象が起きた。
現在では誰も気にはしていないがP6系は32bitのNT用であり、
16bitコードの多いWIN95ではかえって遅くなると信じられていた。
しかしPentium200が手に入らないこともあり、96年夏から秋にかけてPentiumPRO200が流行った。
すると今度はPentiumPRO200の品不足と価格の急激な上昇が起こり冬には流行は収束。
また、96年末に一次キャッシュが倍増したMMXPentiumが登場し高価なPentium200より
安いMMXPentium166が同等以上の速さで動くのではとネットで話題になった。
その一方でPentiumPRO180が233MHzや240MHzにオーバークロック可能というので
一部の人は97年に入ってもPentiumPROを好んだ。
MMXPentium166
97年秋から登場したSL27というロット番号のモノが私をオーバークロックの深みに引きずり込んだ。
MMXPentium233相当のCPUで一部ロットは291MHzで動いたという。
結局これを3個買った。
こいつのせいで電圧を上げることを覚えさせられ、
さらに風神というヒートシンクファンを高速電脳のネット通販で買うことになった。
その頃、私が欲しかったのは、強力なヒートシンクとケースにはめる
1インチ四方のエンブレムで、どれも入手困難な物だった。
そのため、当時はケースに無様なエンブレムの穴があいたままだったので、
そこに自作シールを貼ったりしていた。
それから数ヶ月後オーバークロックと自作が一般化するにつれ
強力なヒートシンクとエンブレムが市販されるようになった。
MMXPentium233
98年3月に購入。
Celeron266
98年7月に購入。
K6-2の登場に気を奪われていたときに登場し、オーバークロックブームを決定的にしたCPU。
一応、倍率固定。
「リテールのSL2QGをさがせ、速くしないとFSBリミッターが付くぞ!」と騒いだ記憶がある。
実際はそれからもオーバークロック可能なCPUが供給され続けるという結果になり、
現在の「自作=オーバークロック=簡単」というイメージを作り上げた。
それまでソケット一筋で、P2-233が350MHzで動くという情報に何とか耐えていた私を溝(Slot1)にはまらせた。
P2-300
98年8月末に購入。
いわゆるSL2W8 33週フィリピン。
P2-300でありながらP2-450と同じ652でコアは2.0Vになった。
それまでのP2-300はコア2.8Vで倍率リミッターはあったが固定ではなかった。
504MHzでヒートシンク温度が50度を越えても平気で動くお化けCPU。
うっかりCPUファンの電源を入れるのを忘れてしばらく使っていた。
結局このCPUが今現在も主力で以後99年4月に至るまでこれ以上の耐性のCPUは手に入れていない。
P2-266
98年9月に購入。
SL33D
P2-266でありながらP2-450と同じ652でコアは2.0Vになった。
それまでのP2-266はコア2.8Vで倍率リミッターはあったが固定ではなかった。
400MHzリテールファンで使用。
448MHzでも安定するが念のため。
P2-333
SL2QH
98年12月に購入。
651だが倍率固定あり。
リテールファンでは412MHzが限界。
アルファにすれば500MHzで動作すると推測したが
中古ショップで売却
SL2WY Y9030177
99年4月に購入
652当然倍率固定あり。
耐性はSL2QHと同等のいわゆるはずれ。
アルファ製ヒートシンクファンP125で515MHz 2.2V 安定
Celron300A(SEPP)
98年12月に購入。
倍率固定あり。
同時にリテール46週マレーシア2個、バルク38週コスタリカを購入。
そのままでリテール一個とバルクが504MHz安定、リテール一個は463安定。
Celron333(PPGA)
99年4月に購入。
倍率固定あり。
リテール、いわゆるはずれ。
アルファヒートシンクファン、ASUS製ゲタで2.2V、515MHz安定
スロット系CPUの電圧変更
電圧をBIOSで変更できない場合はセロハンテープ等でCPUの端子をマスキングして電圧を変更します。
スロット1CPUの端子を見ると
A121 などと書いてあるのでそこから端子を一つずつ数えていきます。
2.2VにするにはA121 B119 A119をマスクします。
2.4VにするにはA121 B119 A120をマスクします。
当然電圧を上げれば故障の確率は上がります。
R6をセロテープに貼った導線でショートさせると0.1V単位の電圧アップが出来ます。
スロット系のオーバークロックはここを見るといいかも。
セレロン友の会
AMD
K6-166
98年2月に購入。
俗にSUPER166と呼ばれ、233MHzや250MHz、一部は266MHzで動作した。
MMXPentium166の次にはまったのがこれである。
これでますますオーバークロックが当然と思うようになった。
97年52週が良いとか産地がどうとかいうのを私が初めて気にしたCPUである。
それまではSL27JやSL27Kならどれも同じというイメージしかなかった。
ロット番号だけでなく、後のCeleronやPentiumUの様に産地、
生産週に振り回されるようになる先駆けだった。
K6-233
98年2月に購入。
アホな私がK6-166がこれなら233はもっとすごいはずだという論理で買ったCPU
定格でしか動かずSUPER166より耐性が低かった。
即座に中古屋に売り飛ばした。
K6-266
98年4月購入
AMD初の0.25ミクロンプロセスのCPU
2月には既に登場していたが大手OEMのみに供給され
一般には4月頃まで入手困難だった。
私が買ったものは366MHzでWIN95が立ち上がる良いCPUだった。
K6やK6-3のライトアロケートをいじれるツールのページ
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